共産主義者の運動の目的・性格づけが行われている。正義者同盟をバブーフ的なものからマルクス的なものへ変えるという当初のねらいからすれば、重要な意味をもつ箇所だった。とくにあらゆる財貨を共有し、完全平等を図るというバブーフ的な共産主義(そして今日でも広く共産主義はそういうものだと思われている)を「粗野な平等化」(第3章)と批判し、所有一般の廃絶ではなく「ブルジョア的所有の廃止」が目標化された。そして、共産主義社会では国家権力が「政治的性格を失う」という見通しを述べた。
さらに次の3つの節に分かれて構成されている。
ここでは18世紀から19世紀にかけてヨーロッパに存在した多用な社会主義的潮流をどうみるか、という問題にあてられている。当時は「社会主義」「共産主義」を名乗ることが流行のように行われていたので、さまざまな流派が存在していた。その主な検討・批判の対象はドイツの真正社会主義である。またその他、サン=シモン、フーリエ、プルードン等が批判的に論じられる。
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共産主義者ではない政治勢力に対する共産主義者の政治スタンスのとり方である。「一言で言えば、共産主義者は、いたるところで現に存在する社会的・政治的状態に対するどの革命運動をも支持する」とあるように、ブルジョアジーが中心の運動であってもそれが社会発展にかなっていれば支持をすべきという立場を表明した。つまり「ドイツがブルジョア革命の前夜にある」とした上で、共産主義者はドイツに対してプロレタリア革命ではなく、ブルジョア革命を展望すべきとしているのである。
末文は「プロレタリアはこの革命において鉄鎖のほかに失う何ものをも持たない。彼らが獲得するものは世界である。万国の労働者、団結せよ」という有名な章句で閉じられる。